読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

発達障害シングルマザーが起業した

発達障害のシングルマザーが起業、子育ての迷走、奮闘を綴っていきます。

逢初庵は波動が高い

熱海にある坂爪さんのおうち。

はぁはぁ言いながら山の坂道を登り、熱海駅から30分くらい歩いて、本当に歩いてしかいけないような狭い道を通って、やっと到着。

 

 

合間合間にみえる海がキラキラして、なんか神々しいようにもみえ、なんとも言葉にしがたい神秘的な景色だった。

こんなとこに住めたらいいなぁ。古くて新しい熱海という町。

こんなとこで悠々自適に暮らせたらどんなにいいだろうなぁと本当と感動した。

 


f:id:Eriquark:20170103234951j:image

 

坂爪さんちは29日は逢初庵といって、誰でも連絡なしにきてもいいという開放日だったが、わたしのいる時間はわたし以外は誰も来ていなかった。

 

 

一見古い日本家屋だが、おいてあるどんな小さな小物もそこの空間に存在するすべてのものが、計算され尽くしたように整然と置かれている。一輪挿しの花や枝の立っている角度や向き、付いている実の数や位置さえも、計算され尽くしたように完璧。そんな印象を受けた。そしてなんといってもすべてがオシャレ。

着くとすぐに朝ごはん食べました?といって、坂爪さんはお味噌汁を出してくださり、おもてなししてくれた。

 

 
f:id:Eriquark:20170103234928j:image

 

 

空間と食と坂爪さん。そして外はお天気雨。だけど、みとれてしまうくらいその空間が感動だったし、

わたしにとっては、すべてが絵になる空間が広がっていた。

言葉でしゃべらなくても空間が物語ってくる。そんな感覚をひしひしと感じていた。

 

 

そんな空間にひとりで癒されてしまったわたし、前日から寝てなかったし、こたつに入って本を読んでいたら、睡魔に襲われ、我慢できず逝ってしまった!でも坂爪さんはあるがままにOKなひと。ゆるゆるとすごさせてもらってしまった。

 

 

正直、自分と同じ感覚を持った人に会いたいというか、まぁ正直にいえば、軽く共感したいという気持ちを持って会いにいった。

けれど、坂爪さんに実際あったら、この人は生半可に共感したいというエゴで近づいたらいけない人だと感じた!自分が恥ずかしくなるほど純粋でまっすぐだし、きっとおそろしく行間を読むことが苦手な人だと思うので、日本人特有の、『普通こういったたこう解釈するよね』みたいな暗黙の了解のようなことができないように見えた。

 

 

だから坂爪さんとあわよくば話したい、分かち合いたいとかいうエゴでいったりすると、意外と痛い目をみてしまうこともあるんじゃないかなとも思った。それぐらい坂爪さんは違和感を見逃さないし、妥協しない人なんだと思った。

 

 

結局何しにきたんだろうと自分でも疑うほど、坂爪さんちで寝倒してしまったわたし...。それでも自分は相当興味の幅が狭いという自覚もあるため、興味がわくことには従っていかないと、何も動いていかないと実感する。

『行きたい!』『会いたい!』と思った瞬間に行動しておかないと、『お金が...』『ほんとに行けるかな...』とためらっている間にチャンスをどれだけでも逃していってしまう。

 

 

結局9時について、15時頃にはとんぼ返りすることになってしまったが、それでも行きのミラクルも含めて、来てよかった、行動してよかったと思える熱海旅だった。

 

 

行きたいと思ったらわたしたちはいつでもどこでも行けること。

普通はお金がないと公共交通機関に乗れないのが当たり前だが、その既成概念も、もしかしたら壊せるのかもしれないと確信にも近い感覚を得られたこと。そして人生は願えばいくらでも奇跡が起きるということ。

 

 

そんな宝物のような体験ができた、弾丸すぎる熱海旅だった!

わたしはよかったけど、坂爪さん、意味不明な女が訪ねてきたと思っただろうな。びっくりさせてごめんなさい(^^;)))

0時のドライバーさん見つける!そして待っていたものは・・・

0時といっても、几帳面な人だったら23時すぎくらいから待っているかもしれない。

何よりもメンバー全員が揃ってしまったら時間より早く出発するかもしれない!ということで、23時過ぎたあたりから、わたしは2つある名駅のロータリーを早歩きで往復しまくり、ドライバーさんの車である「白のフィールダー」というヒントだけをもとに、捜し歩いた。

 

 

4往復くらいしたところで、見つけた!!!いた!いた!!「白のフィールダー」!!!!!早歩きの足をゆるめずそのまま窓をノックしに行った。

 

 

「すいません!東京まで相乗りされるかたですか!?」

「・・は、はい。そうですけど・・・」

 

 

イエス!イエス!!やった!やった!!!すかさず言う。

「熱海までいきたいんですが、途中の沼津まででいいので乗せていってもらうことはできませんか?」

どうして自分の車が相乗りしていくことを知っていたのかとか突然の謎の女のヒッチハイクに男性は相当びっくりしていた。だが、とても聡明な頭のいい若い男性で「下道にはおりず、SAで降ろすこと。同乗する全員にOKがもらえること」という条件をいただけた!!

 

 

寒いから車に乗って待ってていいですよ、といってくださり、遠慮なく乗って全員揃うのを待つことに。ちなみに、相乗り料金は3000円。あわよくば沼津までなので、1500円くらいになったら嬉しいな♪などと図々しい妄想をしながら。

 

 

1人集まってきたので自分から説明をし、同乗の了承を得ている途中で、なにやら大きな荷物を持った若い男の子がドライバーさんのほうに駆け寄ってきたのが目に入った。

なにやら切羽詰った表情でドライバーさんに交渉している。話を聞いていると、その人もイレギュラーで、自分を東京まで乗せていってくれないかと頼んでいるようだった。

よく見るとその男の子はもうぶるぶると手を震わせて、すごく焦っているようだった。

 

 

何でも、翌日に行われる東京ビッグサイトでのコミケ(日本最大のコミックマーケット)に、サークル主として参加する予定なのだが、大阪で電車に乗り遅れ、関空からの飛行機に乗れなかったのだと。焦って焦って、とにかく東へ!と電車を乗り継いで名古屋まできたそうなのだが、最終の新幹線にも乗れず、翌日の始発で出発したとしても間に合わない!サークル主である自分が欠席するわけにはどうしてもいかないので、この車に乗せて欲しいとのことだった。

 

 

その男の子もnottecoで見たのかどうかは知らないが、偶然かなにか、その東京行きのドライバーさんたちも全員コミケへ行くメンバーだったのだ。夜中のうちに高速を走って、早朝につく予定だったらしい。

 

 

ドライバーさんはとても律儀な方で「でもすみません、順番的にはこの女性の方が先にこられたので、もう乗れないんです」と言ってくれていた。すると、その男の子が、

ぶるぶる震えた手で財布をバッと出し、いきなりお札を数え始めた!

 

 

「いいいいいくら要りますか!?ししし新幹線代出しますから(譲ってください)!!!」と震えながら真剣な眼差しでお金を差し出してくる!すごい気迫だ。この人は本気だ!本気で、コミケにいけなければこの人は精神的にどうにかなってしまうのではないかというくらい切羽詰っていた。

 

 

律儀で真面目なドライバーさんが

「いやいや・・お金の問題じゃないでしょう」と男の子をたしなめるが、わたしの中でピコーン!!!!とセンサーが働いた!

 

 

「いいえ!お金の問題です!」と。

 

 

こちらも恥じもなく「あの、本当に新幹線代もらえるんですか?」と聞くと、「はい、それぐらいはさせてください!」と少しだけ男の子は落ち着いた様子で答えた。

ドライバーさんもわたしたちのやりとりを聞いて「おいおい、なんだ?イレギュラーな二人がきたうえに、この展開は!?」とだいぶ興奮ぎみ。

そして「新幹線代がもらえるなら、喜んで譲ります」といったら男の子はいくら必要ですか?と言ってくれたので自己申告で新幹線代の9000円を頂いた。

 

 

ドライバーさんも「この男性の方が緊急性が高そうだし・・お二人が納得できれば、そのほうがいいかもしれないですね」といってくれた。コミケ仲間ということですぐに話が弾んで、男の子は晴れてその車に乗れたのだった!こうして新幹線代で買収されたわたしが「よかったですね!!これでコミケにいけますね!!!」と謎のエールを送り、意気揚々と発車する5人とバイバイした。

 

 

なんということだ!私は見知らぬ人から熱海行きの新幹線代をもらったのだ!しかも、

わたしからお願いしたわけではなく、ある意味、男性を人助けした結果だ!

あの男性はこれでコミケに参加でき、何者にも変えられない一生の思い出ができることだろう。

そして結構デカめの男5人ぎゅうぎゅうで出発したみんな。

きっと初対面ということを感じさせないくらい5人で漫画の話題で盛り上がっているんだろうな。

 

 

そしてわたしはタダで新幹線に乗り、快適な旅ができる。「ありがとうございます!」と感謝された上に新幹線代をもらう!

もうWIN-WINどころじゃないですぜ!WIN×6!!WIN6だ!!!3方良しではないか!!!

信じられないという気持ちの一方で、「量子って、こういうことか・・・」と強い確信を持った瞬間でもあった。

 

 

またまたビジネスでも通ずるなとも思った。ビジネスは人助けだというが、人は往々にして「自分のやりたいことで人助けをしたい」と執着してしまいがちだ。

自分の価値を自分で決めて、せっかくお金と時間をかけて習得した知識だからといって、一方的にそれを自分勝手に提供し、お金を手に入れようとするところがある。正直にいえばそれは、この1年の自分そのものであった。

 

 

自分の思っている自分の価値と、世の中から必要とされている自分の価値が相違していると、いくら自分は価値あるものを提供して人助けになっていると思っていても、それにお金を払ってもらえることはない。あったとしても長続きはしない。

要は「自分の使命」みたいなもの「自分という道具を世の中にどう役立てるか」を、

自分視点で方法を選り好みする執着を捨て、自分の価値を世の中に決めてもらう

みたいなことが正解なのではないかと思うようになった。

 

 

自分に与えられた使命と、社会や世の中に求められていることががっちりマッチングした瞬間にビジネスの成功があるのではないか。

失敗経験が9割を占めるこの1年で、もがき、できるだけシンプルな思考にすることで、この学びも得ることができた。

 

 

人間は思考と感情が強い。自我が強いことで本当の自分の価値や使命、役割に気づかないことがほとんどだ。チャンスは自分の思っている方向と間逆の方からやってくることが多い。コントロールしようとするほうが無謀なのだと思う。

どこがどうなって人助けになって感謝されてお金を得られるかは、もう自分には想像がつかない。そこに「大いなる力」にすべてを委ねることができる柔軟さが、思いもよらないミラクルを起こすことがあるのだ!と確信した日だった。

 

 

新幹線代は8090円。残りの910円でデニーズで軽食と坂爪さんに名古屋みやげも買って。(ぜんぶ人のお金でまかなえたという。。。)

デニーズで一夜を明かし、こうして始発の新幹線に飛び乗り、無事に熱海へ出発したのだった!!!!

願望実現するかどうかの人体実験

JRでの電車を乗り継いでいけば熱海まで8時間かかるが、5000円以内でいける。

高速バスは安いが、熱海まではいかず、静岡インターで降りることになり、そこからまたバスや電車を使って熱海までいかなければならない。そう考えると、結局は5000円以上になりバスや電車の乗り継ぎで手間もかかる。費用対効果が低い。

ヒッチハイクをすることも真剣に考えていたのだが、気温と時間と自分の冷え性を鑑みて候補の上のほうにはこなかった。

 

 

だが、そんなことをしなくてもシェアライドなるものがこの世に存在していたことが今回の大発見であり、こんなのがあるんならもっと早く知りたかったぁ~!!

だがなんといっても今回は思いつきでの熱海旅。

坂爪さんに会う!という目的以外は、交通手段や生き方など、何も決めずに(というか調べてもよくわからなかったので、駅についてから聞こうと思って)家をでてきたのだ。

 

 

そういえば忘れていたのだが、家を出る前にできるだけ楽で小さいかばんを、と思い、ハワイのときに使った必要最低限をいれる肩掛けのかばんがあったのでそれを久しぶりに出した。

すると、なんとかばんから4000円がでてきたのだ!よよよよよよんせんえん!!!なんだこの臨時収入は!と嬉しくなり、これはわたしの旅を応援してくれているのか?と(ただお金の管理がずさんだっただけなのだが)勝手に応援されている気分になり、ますますワクワクした。

 

 

「それ、イイネ!」と自然から応援されていることにたいしては、不思議とどこからか必要な分だけのお金が入ってくるといわれている。ということはわたしは往復4000円で熱海へいけるはずなのではないか?と強く思った。ここ最近わたしの好きな量子論を証明するときがきた!!!と勝手に興奮していた。

 

 

さて、時は20時40分。高速バスも結局1つもキャンセルがなく、静岡行きはすべてなくなってしまった。このまま何もしず、すごすごと家に帰るのだけは絶対いやだったので、いっそ東京行きの夜行バスへでも乗ろうかとも思ったが、それも席の空きがなかった。

 

 

そして、ついに熱海行きの新幹線も最後の一本となった。あと5分で最終の新幹線もなくなる。手持ちがないわけではない。これに乗らなかったら、野宿の可能性がぐんと高まる。残る手段は、0時に名駅ロータリーに来る、東京行き相乗りドライバーさんのみとなる。それも見つかるかどうかもわからない。

 

 

自動きっぷ売り場で何度も買おうとするが、どうしてもお金を払うとこまでいくと「取り消し」を押してしまう。現金が足りないわけではなかったし、買おうと思ったら買えるはずだった。でも、普通の値段で新幹線に乗るなんてつまらないことは一番避けたかった。とはいえ、他にどうやっていくというのかは分からない。結局、最終の新幹線も見送り、この日の公共交通機関はすべて終了した。

 

 

この人は何をしているんだ?とたいていの人は理解できないかもしれない。

 

 

なによりもわたしは、

「ゴールを決めて行動したら、勝手に最善の形で手に入り、夢が実現する」という量子に基づいた信念を証明したかった。

最近のわたしは最高にツイてる人間だと思っている。ツイてると思っている人間は何事においてもツイてる出来事が起こるということも証明できるか試してみたかったというのもある。

 

 

この世のすべては量子でできている。この量子の法則はこの世界にいるかぎり絶対的だ。「決めたら叶う」「夢や願望は必ず叶う」要は、「思考は現実化する」ということだ。大事なのは、それがどのような方法で実現するかは、大いなる何かに委ねる必要があって、自分の意思で努力したり、選り好みをして、方法を決めてしまわないということが最大のコツだ。これはビジネスにおいても大事なことだと私自身はすごく感じている。

 

 

わたしたちは目に見えないもの、不確定なものを信頼することができず、自分の恐怖や不安という感情に支配され、結果や方法を選り好みする。そして目に見える安心安定、確実な道を選ぶ。「未来」もそのひとつ。未来を信じられない、お金や病気への恐怖や心配が自分の人生を色彩のないモノクロにしてしまっている最大の要因だとも思う。もちろん安定があったうえでパフォーマンスが最大限発揮できる人もいるからそれが悪いわけではないが、強すぎる不安や恐怖ゆえに、自分の作った檻に自分を閉じ込めて「不自由だ!不幸だ!」と叫んでいる人もいる。

 

 

人間はみんな自由だ。幸せになることも、不幸のままでいることも。動き出すのも自由、留まるのも自由。ひとそれぞれ、今現在、最大限に自由を駆使した結果なのである。人を救うことはできない。本人が幸せになりたい!と思っていても、深層では実は不幸のままでいたいと願っていることも多い。人はみんな「思い通りの人生」を生きている。

 

 

少し話がそれてしまった。人生は「決めるだけ」とよく言われる。決めたら未来が確定し、あとは行動しながら最大限自然に身を任せたらどんな大きな夢も実現すると。

わたしは「お金はない。でも熱海にいく」これを腹の底から決めた。あとは大いなる力がそこへ最善の形でわたしを連れて行ってくれるかどうかのいわゆる【人体実験】だ。

 

 

一番の難関は、自分の感情との戦いだ。0時のドライバーさんがダメだったら、

終電もなく、この寒いなか今夜は名駅で野宿かもしれない。今ならまだ家に帰ることもできる。この人体実験をやめたところで、誰にも言ってないわけだし誰に迷惑をかけるわけでもない。どうする?やりたい、けど、野宿怖い。わたしはガクブルした!

 

 

自分の感情に勝たなければどんなことも達成できない。こんなときわたしの得意な瞑想は役にたつ。駅のホームで恐怖の感情と向き合い瞑想したり、(もちろんぼーっと立っているようにみせかけて)方法や結果に対する執着も手放してみる。

するとさっきまで自分を支配していた不安と恐怖の感情、方法や結果をあれこれ選り好みする自我が不思議となくなった。

瞑想が終わるころには「名駅にはお店がたくさんある。どこかファミレスや漫画喫茶でもいけば死ぬことはない」と心に穏やかさが戻った。

 

 

そして時間は21時半。0時までさほど長い時間ではない。マックでコーヒーを飲みながら「叶えたいことリスト」や「なりたい自分リスト」を書き、23時すぎまで時間をつぶす。

 

 

そして時はきた!!

 

無計画de熱海旅 ミラクルは起こるのか?

年末はこどもたちがいないので、さて、どうしよう、何をしようと考えたものの特にしたいことも思い浮かばない。

年末はアルバイトをするつもりでいて、出張型マッサージを手伝わせてほしいと知り合いの社長にお願いしていたが、必要ないのか、まったく返事が来ない。

 

 

前にも同じことがあった。自宅サロンでの売り上げが少ないので、アルバイトさせてほしいとお願いしたところ、『うん!わかった』といってくれたものの、返事が来なかった。

 わたしは、今の自分に必要なものと、必要でないものを、自然にことが運んでいくかどうかでジャッジしている。サロン準備からふくめると自営をはじめて1年たつが、この体感というのは100%正確なのだ。

 

 

人よりは圧倒的に行動量は少ないかもしれないが、わたしでもそれなりにtry and errorを繰り返している。何度も繰り返していると、そのうちに、なにも努力しなくてもすぐにトントン拍子でうまくいくときは''正解''、なにをどうしても事がうまく進まないときや、こじれたりするときは''不正解''ということがわかってきた。

 

 

その法則にしたがって、トントン拍子のことが運んだときにも、ときにお金を損したり、うまくいかなかったり、人との対立になったりするときもあるので、『なんだよ!あの法則は絶対じゃないのか?』と一時的に疑うときもあり、一見悪いことが起こったと思いがちだが、実はそうではない。

ちゃんとその悪いことを通して、今の自分にどんぴしゃな気づき、成長するために必要な学びを100%正確に運んでくれるのである。

 

 

ということで、これだけアルバイトの返事がこないということは、『あなたには必要ないよってことね!』と自分に都合のいいように解釈し、必死に空いた時間に日銭を稼ごう!などと躍起になることをやめてみた。

 

 

とくにしたいことも見つからない!でも、退屈はイヤ!ということで、前々から行ってみたいな~と思っていた、坂爪圭吾さんの熱海の家を訪れることにした!坂爪さんは家にいるかどうかも分からないし、なんせお金もないから新幹線には乗れない!それでも、この空白の何日間を、普段と同じように過ごすことは考えられない!!

 

 

ということで、とりあえず名古屋駅に行けばなんとかなるだろう、と、方法は着いてから考えるとして、荷物をまとめて出発!!!

 

 

f:id:Eriquark:20161228183754j:image

 

時間をみずに出発したので電車の待ち時間がけっこうある。

空がキレイで気持ちがいいな~とぽけ~っとしていると、普通電車がきた。時間がないわけではないので、各停で名駅までいくことに。

 

 

名駅でとにかく熱海へ行ける方法を探すが、今日から帰省ラッシュだということを忘れていた。高速バスの空きがない!新幹線は高い!地道にJR電車を乗り継いでいくしかないのか?ネットで調べてみたり、いろんなカウンターで聞いてみたり、高速バスのキャンセルがないか何度もききにいったりしたが、なかなか『これだ!』とピーン!!!と来るものがない!

 

 

何度も何度も高速バスのキャンセル待ちを聞きにいく。新幹線のチケットカウンターやJR特急列車ののり口などをひたすらウロウロしたり、ぼーっと立ってみたりするが、一向に行ける気がしない。なんとか5000円以内で熱海までいけないかと、名駅で荷物をおき、ネットを検索!

 

 

必死で検索するうちに、nottecoという、長距離相乗りサイトなるものを発見!(そんなのがあるのにめっちゃビックリ!)

出発地と目的地が一緒なひとを探して相乗りし、安く長距離移動ができるという画期的なシステムがあった!!!うわぁ!!面白そう!!!ただ一人でいくより、知らない人と一緒にくるまにのって行けるなんて!!!

 

 

さっそくサイトを見てみると、夜から、名古屋から東名ルートで東京にいくひとが2名!9時出発と0時出発!満席の表示になっているが、もしかしたらキャンセルがあるかもしれない!ということでせっせと会員登録をする!

 

 

よし!身分証明もおくり申請完了!するとなんと...会員認証に最大7時間かかります、と返信が!!

なななな7時間!?ちょっとまって、7時間もかかったら間に合わんやんけ!

それでもあらゆる可能性に掛けなければ。7時間かかったらそれはそれで運命だ!ということで、ちょっとカフェで一休みしながら認証が終わるのを待つ。

 

 

意外と1時間もしないうちに、認証メールがきて、nottecoを利用することができるようになった。

やった!とウキウキで、2人のドライバーさんにコンタクトする。

...すると、『満席』と表示されているドライバーさんとは、コンタクトすらもとれないようになっているようだった!

 

 

なんてこった!キャンセルがでているか、なんとか乗れるスペースはないか、という質問さえもできないじゃないか。名駅についたのは15時半。すでに現在19時半。

どうにかわたしを熱海までつれていってくれる方法はないものか!?

 

 

1つだけ、1%の可能性があるのは、nottecoの0時に出発するドライバーさんが、集合場所がちょうど私のいる名駅のロータリー!5人のりの普通車に、今の相乗り人数は4人!

0時にロータリー(2つあるのでどっちだかはわからない)で待ち、車を見つけて直接交渉する方法だ!

 23時過ぎたら、2つあるロータリーをとにかく往復しながら掲載されている車種と色の車のドライバーさんを探し交渉しよう!

 

 

ということで、またマックで待機だ!

 

 

無計画の熱海旅!ほんとにこのままわたしは熱海まで行けるのか!?0時に東京行きのドライバーさんは見つかるのか?そして、乗せてくれるのか?

 

 

何が起こるか分からないことに、ドキドキワクワクしているのだ!!

グータラなままで年収1000万?

わたしは家を買ったので、9月の終わりに不動産取得税に請求が来た。日々の生活費もなくなってきたところに、さらに追い討ちをかけるように、どどーんと10万円の請求がきたので、もう本当に人生終わった、、、と思った。

 

 

もらった慰謝料は夏の女性医療ネットワークの先生方といったハワイ島ツアーを最後に消えた。

仕事の収入は月に2万あればいいほう。だけど、それからもなんとか、食べれないとか、着るものがない、とかは(そりゃ我慢はしてるけど)奇跡的に縁がない生活をしている。

 

 

どうやってここまで生き延びてきたのか?最近ではもう記憶がない。以前はちょこちょこ整体で頂いたりしていたが、最近はめっきりない。

寒くなってきたので、お金がないからといって、やはり暖かいこどもの服や、自分のコートをかわないわけにはいかない。

 

 

服や防寒具などはすべてリサイクルショップだ。お洒落さんたちが服を売ることで有名(?)な2ndストリートは御用達であり、購入は、支払いに一定のタイムラグがある、魔法のカード(クレジットカード)を最大限に駆使している。

 

 

さて、話を戻すと、納税というのは義務だ。早いところ納めねば!

これを残して年は越せない、と謎の責任感を発揮したわたし。

以前事前調査していた、プロミスの30日間無利息というのを利用してカードを作ってみた。社会勉強だ、うん。

 

 

審査、カード発行、融資まで本当に時間がかからない。11時頃からやりはじめ、3時頃には融資可能になっていた。

ス、スピーディー!迅速!さすが銀行だ!消費者金融はなんかわからないけど怖いとこが貸してると思っていたが、実は融資元はUFJなど、大手の銀行だ。少しだけ安心感が増す。

 

 

だが、いくら銀行と言えど安心な金利とはいえず、無利息期間内に必ず返すという自分との約束をした。

 

 

やはり仕事上、経営者と会ったり、起業家とお会いすることがある。最近、なぜか聞いたわけでもないのに、そういう人から『一時は借金が何百万あったんだよ』という話を聞くことがたて続いた。

 

 

そして『借金は悪いことではないよ。一時的にそういう生活になったとしても、なんの問題もない』と。

本当に一時的ですむのかという疑問が、やはり付きまとうのが普通である。でも、最初から失敗するかもと思って、起業するひとはいない。かならずうまくいくと信じているからこそやるのである。

 

 

今はしんどい生活だとしても、見据える先はそこではない。

自分が必ず良くなる、自分のやっていることがたくさんの人の役に立ち、その報酬としてお金をいただき、他人も自分も豊かにしたい。そんなことを毎日毎日イメージしながら奮闘するのだ。

 

 

すごい人と繋がりたい、とか、交流会とかたくさんの人に出会って人脈を増やすとか、いろいろ頑張らなければいけないのかもしれないが、どうもわたしには向いてないらしい。一生懸命人に会えば会うほど、本当の自分から遠ざかり、気がついたら何のビジョンも見えず、目の前が真っ白になっていた。

でもそれまでは、たくさんの人に会ってナンボだと信じて疑っていなかったし、Facebookやメルマガ、ブログなど集客の仕組み作りも今の時代は大前提だと疑わず、仕事だからと続けていた。

 

 

これで誰でも簡単に月100万、とか、たくさんあり、読みきれないほどの、数々のビジネス系のメルマガを登録したり、どれも鵜呑みにして情報をとにかく仕入れようとした。次第に60万の起業塾に入ろうとしたり、とにかく躍起、これまでのわたしはその一言に尽きた。

 

 

もっと自分らしくやれる方法はあるんじゃないか?そもそも自分の使命を果たすための仕事であるはずなのに、そんなに自分をねじ曲げてまで高度なビジネススキルがいるものなのか?

 

 

ということをふと思った。それが正解であるという自信は全くない。やりたくない理由をもっともらしく述べているだけかもしれない。

でも、それまでのやりかたをすべて手放してしまったわたしは、表現しようのない解放感と、他人を見ても焦らないようなブレない軸を手にいれた。

 

 

いい意味で悪い意味でも、『自分らしさ』を手にいれてしまったわたしは、『可愛いままで年収1000万』の宮本佳実さんに対抗して、『グータラなままで年収1000万』が実現するかどうか試してみたい。

 

 

ということで、依然としてギリギリ生活を送っているわたしたち家族。見据える先は、とりあえずは1年後だ!!

発達障害はリスク知らず

発達障害は、『可能性』という言葉を知らない。

なにかしようと行動を起こすとき、人は、ある程度『勝算』を計算するらしい。

 

 

人によっては計算して計画して、9割の勝算が見込めなければGOはでないというから、驚きだ。行動してみないとわからないようなリスクが行動する前にわかるのだから、そうとう頭のキレる頭脳派だということは間違いない。

 

 

それにひきかえ、発達障害もしくは右脳しか機能していないちょっとしたポンコツ(いい意味でね)は、自分がこうしたい、と一旦決めたら、可能性や勝算などは度外視し、やり遂げるまであらゆる方法を探し出すのである。

 

 

『どのくらいの可能性があるか?しらねぇ、そんなの関係ねぇ、やりたいからやるだけだよ』という感じだ。よく言えばかっこいいが、世間ではそれをバカと呼ぶのかもしれない。もうちょっとオブラートに包んだら、アホとでもいおうか。

幸か不幸か、お金の計算もできない。できない事はだらしがないと思われがちだが、そのぶん、人が怖じ気づいて到底できないお金の使い方ができるという良い面もある。

いやぁ、何事も陰陽ってあるもんですな。

 

 

起業するとき、家を買うとき、どうやって収入を得るのか、失敗したらどうするのかとか、成功の見込みがあるのかとか、ローンがきちんと払えるのかとか、よく聞かれた。

そして、子どものためにやめておいた方がいい、どうしてもっと子供が大きくなるまで待てないんだというお言葉を耳が腐るほどいただいた。

 

 

反抗挑戦性のずばぬけて高いわたしは、こころのなかで『うるせぇ』と繰り返し思っていた。

やってけるかどうかだって?やる前にどうやって知るんだ?

成功するのかだって?しらねぇよ。こっちが知りたいわ。

家のローン払えるのかって?稼ぐんだよ、どんな手段使っても。

起業は大変だからやめておいた方がいいよ~と友達に言われたときは、一番の違和感を感じた。おいおいおい...なに目線?と。

 

 

可能性や見込みを集めるのは堅実かもしれない。でも、やりたい!と思っているのにどうしてわざわざできない理由を集めるんだい?できる理由とできない理由をてんびんにかけて、にらめっこでもするのかもしれないが、

方法がないように見えるんだったら、探すんだよ、どれだけでも時間と手間をかけて。

 

 

そういうときの大抵の答えは、いまの自分の行動や思考の枠の外にある。だから、いつもと同じ行動や思考ではなく、いつもの自分なら絶対にやらないこと、これだけは嫌だと思って自分の選択肢から外しちゃっているとこに、突破口はある。方法がない、可能性がない、なんてことは、厳密に言えば『幻想』なのである。

 

 

見通しや、リスクマネジメントができる頭のよさは、それを持たない私からしたら超絶リスペクトな対象だ。

けど、やってみてはじめてわかることもあり、行動せずに、行動した結果が100パーセントわかるなんてことはない。

 

 

最近はよく、二極化がすすんでいる、なんて言われている。そして、会社員に安定した明るい未来や老後は見込めないから起業した方がいいとも言われている。

 

 

わたしには未来のことや経済のこととかはわからないが、自分になんてなにも強みはないと思っていて、『自分には雇われるしか方法はない』ともしあきらめているだけの場合であったら、自分のことを良くも悪くも冷静にみてしまっているだけであったら、

わたしのアホさと無謀さをわけてあげたい。

 

 

アホの方がうまくいくし、楽しいよ(^-^)失敗したら恥ずかしいと思うかもしれないが、人生のネタになって面白い。

成功してる人と話することもあるけど、華々しい話ではなく、うまくいかなかったとき、悩んで葛藤していたこと、失敗した話をおもしろおかしく話してくれるとき、この人魅力的だな、とわたしは感じる。

 

 

『うまくいかなきゃやる価値がない』

『0か100か』の思考を少し緩めて、自分のダメなとこや情けないとこも愛せるような余裕があるといいのかもしれない。

 

 

ダメでも情けなくてもネタができた!と思って堂々としているわたしの謎の自己肯定感をほんとうにあげられるものなら分けてあげたいなと思う今日この頃なのだ!

親を幸せにしたいなら、親を捨てた方がいい

先日、しくじり先生で久しぶりに成田童夢さんを見た。あまりリアルタイムでは記憶にないが、すごいスノーボードの3兄弟の長男だということは覚えていた。

 

 

お父さんがプロのボーダー(記憶はさだかではない)で、兄弟を

すでに5才にはもう両足を縛ってモーグルをやらせていたらしい。鉄拳制裁は当たり前。童夢さんは、お父さんが怖くて仕方がなく、オリンピックに出たら怖いお父さんから解放されることを希望に、小学校にもいかずひたすらスパルタのスノーボード教育を受けてきたそうだ。

 

 

その後、父親から逃げるように家出をした状態で五輪に出たり、

妹の今井メロさんは、あまりにお父さんが嫌で、お父さんの姓ではなくわざわざ母方の姓にしたというから驚いた。

 

 

一見プロのアスリートの家庭のことと思われがちだが、実は普通の家庭でも起こっている。

そしてなにも特別ではない普通の家庭で、暴力(身体的、精神的にも)が起こっているから、問題として浮上しにくい。

アダルトチルドレンの多くは、普通の家庭で作られ、本人も言葉の暴力を受けた自覚がない場合もある。

 

 

親から理不尽な扱いを受けてきたのにも関わらず、それでも一人っ子だから、長男長女だから、といって、親の面倒を見なければと、自分のやり場のない怒りと、責任との狭間で、精神的に追い詰められている人もいる。

 

 

ひどい言葉を浴びせられた、気持ちをわかってくれなかった、

自分をわかってくれなかった、優しくされたことが一度もない、兄弟でも自分だけひどい扱いをされた

 

 

それでも、まだ愛情が欲しくて、いつか親が自分を誉めてくれると思って親にプレゼントをしてみたり、親の期待に沿おうとする。アダルトチルドレンは底無しにこころやさしく、一番健気に親を喜ばせようとする。

 

 

だが、親が認めてくれる日がくるどころか、逆に暴言を吐いてくる。どんなに頑張っても、どんなに言う通りにしても、いっこうに満足しないどころか、文句ばかり言われる。

次第に過去の仕打ちもつぎつぎに思い出され、わたしはいつまで親に振り回されるんだ?そんな違和感を覚えたりすることはないだろうか。

 

 

だけど育ててもらったし、産んでもらったし、衣食住に困らずいきてこれたし、大学もいかせてもらったし...親を憎むなんて、幼稚な感情だ。人としてダメだ。親に感謝できない自分が悪いんだ。

そうして自分の存在に罪悪感を重ねている人もいる。

 

 

そうしたひとたちは、必死で自分の怒りをごまかそうとする。なかったことにしようとする。そして溜め込んで溜め込んだ怒りは、事故や病気、トラブルとして、形を変えて自分のとこにやってくる。

 

 

自分とみんなが同じとはいえないけど、理不尽な親に無理矢理尽くし続けるより、一旦捨てることをおすすめする。

親を捨てる、というと、また罪悪感が増すかもしれない。そして、アダルトチルドレンにとってこれほど恐怖なことはないだろう。親が自分を認めてくれる日が一生来ない気がして、怖くて怖くて仕方がないと思う。

 

 

でも、本当の意味での親孝行は、自分主体の人生のうえにしか成り立たないのだ。一旦、親との関係をちゃんと崩し、ちゃんと反抗する。なんなら、一旦縁を切るのもいいと思う。

 

 

向き合うべき問題ときちんと向き合い、自分の怒りを肯定する。本人にぶつけたっていい。喧嘩になっても、泣いてぐちゃぐちゃになっても、いいのだ。自分にだって親に迷惑をかける権利はあるのだ。やっぱり人は、人生で一度は大きく親に迷惑をかけてもいいのだと思う。

こどものときから迷惑をかけないように機嫌を伺って自分を圧し殺してきたのだったら、いい大人でもなんでも、親にぶつけたってバチは当たらない。むしろわたしはその勇気をおおいに称賛する。

 

 

大事なことは、自分の軸を取り戻すこと。

自分がちゃんと整っていないと、親を背負うことはできない。

また、親との関係を整えること=自分の子供との関係を整えることでもある。

自分の世代で負の連鎖をたちきることができる。

 

 

自分は奇跡的に親を許せたし、それによって、犠牲的ではなく、ふたたび親の役に立てる娘でありたいとも思えるようにもなった。

愛情はなかったのではなかった。親もまた、自分を大事にすることを知らずに生きてきた一人の人だったということが、頭でも心でも理解できるようになった。

 

 

それもこれも、一旦親をちゃんと傷つけたこと、ちゃんと反抗したこと、認められなくてもいいと割りきって、泣いて泣いて、そして一定期間、ちゃんと捨てたことが功を成したと思っている。

親子関係の再構築は、壊すことから始まる。

親はいつまでも生きていない。縁あって親子に産まれてきたのだから、どうせなら生きてるうちにお互いHAPPYでいれるに越したことはない。

 

 

もう自分のことはそんなに思い出すことはなかったが、成田童夢さんの毒親エピソードをきいて、ふとまたそんなことを感じたのだった!!!

 

 

でも、意外とそんな親のもとに産まれたことも悪くなかったと感じている。つらいことがなかったら、しんどいことがなかったら、わたしの今の自由と幸せはなかった。アダルトチルドレンは、克服さえすれば、誰よりも幸せな生き方ができる!そう確信している。