読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

発達障害シングルマザーが起業した

発達障害のシングルマザーが起業、子育ての迷走、奮闘を綴っていきます。

発達障害の子育て

発達障害でも子育てはできる。

自分の子育ては人並み以下のようで、人並み以上かもしれないと思う。

先にもいったとおり、自分がこどもを守っているという自覚がない。というか

守ってあげられるほど自分には力がないし、日々守ってもらってるな、とこどもたちに感謝することばかりだからである。親というより、一番ながく一緒の時間を共有する同志のような感覚だ。

 

 

だから基本的に細かいことは言わない。ご飯ちゅうに椅子に立って、二人が歌って踊りだしても、外で靴を脱いで、その靴を蹴って遊んでいでも、たまに和室にたべかけの果物のお皿が放置されてあっても、帰ってきて必ずしも手を洗わなくても、ぽぽちゃん人形をサッカーボールがわりに蹴り飛ばしていても。

 

 

姉弟でたたき合いのケンカしていても、放置。平和だな~とほっこりしている。

ママ、お茶くんで!といってきても、自分が気が乗らなかったら、自分でどうぞ。と断る。これが一般的にいいか悪いかはわからない。ただ、うちのこどもたちは、離婚する前から比べても、明らかにあるがままの自分で、ママと3人、楽しい!といって過ごしている。

 

 

今でさえ、もっとちゃんと躾けしなよ!親なんだから!って言われそうな子育てだが、こんなわたしでも、こどもを躾けや期待、時間管理をキッチリする子育てをしてきた。そして親が子にたいして犠牲的な育児だった。

 

 

親に対する復讐心が強かったから、「わたしは親と違っていい子育てをしてみせる!」と強く誓っていた。無理にニコニコしながらいい母親を演じたり、絵本も読んであげたり、漢字やひらがなを早くから教えたり。何よりも、自分の期待通りに育てようと必死だった。

 

 

自分の思い通りにこどもが動かないと、感情的になった。「こんだけやってあげているのに!わたしはこんなに親に優しくしてもらえなかったのに!」

一日のスケジュールが予定通り進まないのが何より嫌だった。お昼寝の時間にちゃんと寝てくれないと、我を忘れたように怒鳴って手をあげていた。

 

 

そんなとき、二人は、目を合わせてくれなかったり、感情を吐き出せず自慰行為をしたり、おもらしを繰り返したり、キャパオーバーでじんましんが出たりしていた。

 

 

どうしても自分の感情がとめられなかった。可愛いのは間違いないはずなのに、瞬間的に別の人格がにゅっと出てきて、こどもに当たってしまう。死ね!といったこともある。本当に最低な母親だった。叩いて、泣いて謝って、の繰り返しだった。

 

 

ある日、娘に「ママぁ、泣いて謝ったら、ひとをたたいてもいーの?」と純粋に聞かれたとき、本当にこのままじゃダメだと思った。そのとき、すでにインナーチャイルドのことなどは知っていたが、自分のトラウマが大きすぎて、癒しが追いついていかなかった。

 

 

そんな虐待寸前の支配的な子育てを4年くらいした。これから一人でこどもたちを育てるんだったら、自分は変わらなければならないと思った。幸いにも、関係が良くなったことで、旦那から生活費ももらえていたので、離婚を目指して、開業準備と自分癒しに没頭したのである。

 

 

インナーチャイルドがわんさかでてくる。癒しても癒しても新しいのが出てくる。けれど瞑想で癒したあとは、信じられないくらいこどもへの接し方が変わる。結局、自分の未消化な親への思いが引き金となって、自分が与えられなかったものをこどもに与えるときに怒りとなって顔を出すのである。

 

 

抱っこしてもらえなかった傷があると、子どもが抱っこをせがんでくるとイライラする。関心を注いでもらえなかった傷があると、こどもが関心をひこうとしてくるとイライラする。泣くことを許されなかった傷があると、こどもに泣かれるとイライラする。

 

 

虐待とは、そんなものの積み重ねなのだ。

 

 

わたしは母親になるべきではなかった、と何度も責めた。でも責めたところで現実は変わらない。とにかく瞑想でインナーチャイルドを癒しまくった。

その結果が、3人でばかげたことで笑う余裕のある、今のゆるーい子育てスタイルなのである。

 

 

いま、わたしはこどもたちが大好きだ。生まれる前、あの二人は雲の上でともだちになったらしい。おねえちゃんが「先に行くね」といって弟にバイバイしてからきたといっていた。雲の上から、どんな思いでわたしたちを見ていたのだろうか。

 

 

どんな母親にでも愛情はある。ただ、こどもへの愛情より、自分の受けた傷のほうが大きいだけなのだ。発達障害者は、理解されづらく、生きづらい。でも努力次第でいくらでもよくなれる。

 

 

発達障害者の希望となれるような自分になりたいと思っている。