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発達障害シングルマザーが起業した

発達障害のシングルマザーが起業、子育ての迷走、奮闘を綴っていきます。

自分の価値を自分以外のものに見出すな

自分のことが好き、と思っているひとのなかでも

本当に「自分」というものに価値を感じることができている人はどれくらいいるのだろう。

 

仕事がデキる自分だから好き

人よりステータスがあるから好き

○○をやってる自分が好き

 

意外と、自分を愛しているようにみえて条件付の自己愛になっていないだろうか。

わたしはそういう人は多いような気がしている。

 

自分以外の何かを生きがいにし、それをしている自分に価値を見出している。

宗教とかもそうだと思う。

 

○○は、ほんといいから!こんなに価値のある○○は、私の人生をかけてもっと広めていきたい!

 

そういう人は、その人生をかけてやっている何かを他人が理解してくれないだけで、

自分まで理解してもらえてない、と勘違いする傾向がある。うちの母親なんか典型的だ。

 

自分と自分以外のものの価値をごっちゃにしてはいけない。

それを持たない自分を想像しただけでも、かなりの無価値感を感じることになるだろう。

 

いっときわたしもそうだった。マッサージは、誰からも喜ばれる。そして、マッサージしてほしい!とマッサージがうまい人、として人がわたしを喜んでくれる。

最初は嬉しかった。けど、わたしからマッサージをとったら、みんなは興味を示してくれるだろうか?という寂しさがずっとあった。

 

 

でも、結局はそれも思い込みでしかなかったんだが。

わたしは○○がないと価値がない。という思い込みだ。その思い込みをしているのは本人の自由だが、それではゆくゆくはあたたかい人間関係をずっと続けることは難しいだろうし、何よりも、何も持たない自分のことを好きだと思っている人に対して、失礼をとおり越して、冒涜にもあたるとわたしは思っている。

 

 

謙遜や、自虐、相手を立てることが美徳と思っている人が多いが、実はそれは「冒涜」だとわたしは思う。

自分自身へもそうだし、相手にとってもだ。

 

 

わたしは、わたしの大好きで惚れ込んだ人が、謙遜と自虐の傾向があると、心底、腹が立ってしまう。

 

 

なんで、自分の惚れ込んでいるものは他人がびっくりするほどオススメできるくせに、

「自分」のことになると急に自信がなくなるんだ?

 

 

自分がいいと思って惚れ込んでいるものと同じくらい、自分のことを「いい!!!」と思って惚れ込んでくれている人がいることを信じられないんだ?

 

 

それが伝わらないと、すごく悲しい気持ちになる。

 

 

人はわたしのようにこんなに単純ではないのもわかっている。

でも、世の中シンプルでよくないか?

 

 

「やりたい、やりたくない」

「好き、きらい」

 

 

やりたいんだったら、やれる道を探すだけなんだよ。

可能性がないとか、リスクヘッジがとか、起こったら起こったときに対処して改善すればいいんだよ。

 

 

まずは、なにが起こってもこの人とならどこまでもとことん話しあって解決できるだろうという信頼関係だけあればいいんだよ。

 

 

自分の価値をみくびるな。そして、自分の価値を間違えるな。

自分のその素晴らしい価値を、世の中に広めていきたいと思っている人がいるんだ。

 

 

がんばらなくていい。がんばったところで、いつまでもこころの安定は手に入らない。

 

 

大事なことは自分をもっと正しく把握すること。

それが自分のいのちが一番かがやく唯一の方法なんだ。

 

 

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