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発達障害シングルマザーが起業した

発達障害のシングルマザーが起業、子育ての迷走、奮闘を綴っていきます。

健常?障害?いいえ「ひとりの人間」です。

前回すこし触れたが、わたしたちは戦後をすごい勢いで発展させてきた親世代から、「努力と忍耐こそが最大の美徳!」と刷り込まれてきた。そして、自立、自活することが1人前の大人としての定義になっている。

 

男は企業戦士!会社で出世して稼いで何ぼ!

女は家庭に入り、男性と子どものために人生をささげて当たりまえ!

 

そんな時代だったようだ。

そして、努力と忍耐ができないようなやつは価値がない。そんな考えが未だに強い。

 

反抗性の強いわたしは、努力と忍耐が尊い理由をちゃんと述べることができてから言ってくれ、となる。きっと、努力と忍耐が「善」だと、時代におもわされただけのことなのである。

 

その時代に汗水たらして家族のために自分を犠牲にして働いてきた父親世代、自分のことなんか構っている暇もなく家族に尽くしてきた愛情深い母親世代を批判したいわけではない。むしろ1年間継続して働くことも我慢できず、社会になじむことさえ困難で、なおかつこどもより自分優先というクソみたいなわたしからみたら、神レベルの凄さだ。その我慢強さと忍耐力には頭が下がる。

 

ただ、ひとつ言いたいことは、「立派な大人とはこういうものであり、それになれないやつはダメ人間」という、親の色眼鏡に苦しんで、こころを病んでしまう人が多くいる、ということが理解してもらいたいところなのである。

 

ひきこもりの自助会、発達障害児の親の会などに参加させてもらって、痛感したことだ。発達障害はただ生まれつきの脳の性質が違う、ということだけなのだが、その人生の背景にはさまざまな苦しみがあり、2次障害として、うつや統合失調症、自殺などの問題がある。

 

ひきこもりも結局、同じ問題な気がしている。脳の仕組みが違ったり、五感が優れすぎていて、人間関係や社会生活が苦痛になってしまうんだと思う。

脳の違いを、才能や個性だと思って活かしてくれる環境が整っていれば本当に幸せな人生を送れるのだが、「普通」や「一般的」を軸にしている親のもとに生まれると、

ただの先天的な脳の違いなだけということが理解されず、とにかく周りについていけるようにと必死に矯正される。

 

親はよかれと思って、こどもがつらい目にあってほしくないから、と躍起になって学校や友達に配慮を求める。それは実は本人にとっては逆効果だったりもするから要注意だ。

 

日本の画一的な教育システムに合わない子どもなんてわんさかいる。というかそれが本来なら普通だ。最近は発達障害が増えているというが、昔からいないわけではなかった。だけどみんな強制的に合わせられていたし、合わせられない子は先生からのイジメや暴力の標的になっていた。

 

今は、そういった従来の学校のシステムに順応できない「才能豊かな子」はみんな発達障害と診断されているだけで、本当は障害でもなんでもない。ただの「人間」だ。

 

学校や社会になじめることをゴールにしたら絶対にいけない。本人のこころが死ぬ。周りに合わせられなかろうが、孤立して変な目で見られようが、大事なのは、あなたはあなたのままでいい、と親がこどもに伝え続けることだ。そうすればきっと親に理解してもらえているという安心感で、好きなことを見つけることができ、将来、自分の才能で飯を食っていけるような魅力溢れる大人になるはずだ。

 

もし、発達障害や、ひきこもりのこどもを持つ親御さんであれば、

あなたのこどもは「あなたのこども」だ。それ以上でもそれ以下でもない。「男なのに、女なのに」「わたしの子なのに」「人と違う」「こうじゃなきゃ将来がダメになる」なんていう自分の色眼鏡をすべて外してみて。

 

あなたの色眼鏡がすべてはずれたら、きっとそこには、ふつうに当てはめることができないくらい素晴らしく才能豊かなあなたのこどもがいることだろう。