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発達障害シングルマザーが起業した

発達障害のシングルマザーが起業、子育ての迷走、奮闘を綴っていきます。

説得できない自分の弱さを周囲のせいにしない

最近はめっぽう、スピリチュアル方面(?)では、本当の自分に目覚める人が増えているといわれている。今までの人生を継続していくひとと、我慢や他人軸の人生から、本当の自分に気づいて自分を解放していく人の飛躍の差が激しくなり、二極化していくということらしい。

 

 

確かに自分の周りでもそういう人は多いな~と思う。そして起業したり、好きなことを仕事にする人が増えてきた。自分を幸せにしてあげることは、最大の自己責任。自分の機嫌だけとって幸せに生き、それに影響されてワクワク人生を生きる人が増えたらいいな~とまぁ、静かに思っているのである。

 

 

だが、人が変わろうとするとき、ワンステージ上にいきたい、と思ったとき、今まで付き合ってきた人が自分の足を引っ張ってくることがある。俗に言うドリームキラーだ。

ドリームキラーは親、親友、もしくは結婚している人ならパートナーなど近しい人ほど、そうなりやすいと私は感じている。

 

 

言ってもわかってもらえないから言わない、聞かれても隠す、ドリームキラーの批判や反対意見に感情的に怒って押し切ろうとするのは、自分がそうだったので気持ちはわかるが、それでは実は突破したことにならないと感じるのである。

決断する、とは決めて断つこと。断つとは、今までの環境だったり、人間関係だったりが含まれると思うが、それは、ステージが合わないからといって『断絶させる、関係を切る』ということでないのだと思うようになった。

 

 

よく啓発本などにも書いてあると思うが、違和感を感じる人は関係を断つこと、反対意見をいってくるひととは付き合わないこと、など言われているが、

じゃあ、反対意見を言ってくる親と関係を断てばいいのか、一人暮らしなどをして物理的に離れれば解決するのか、合わない友達は連絡を取らないようにすれば解決するのか、夫婦であれば、離婚すれば解決するのかといったらそうではないと思う。

とはいえ、人間だれでもわざわざ自分から否定されにはいきたくないものである。

 

 

向き合ったり対立するのが嫌で、それならばいっそ離れよう、と極端な行動に逃げててしまいがちだ。それ自体は悪いことではないが、それで万事解決するとは思わないほうがいい。

先延ばしや、問題を見ないようにしていれば、ある一定のところまできたら、必ず避けて通れないような高い壁として立ちはだかってくるのだと思う。

 

 

人間関係は近しい人との関係がそのまま社会での人間関係に反映される。

言っても分かってもらえないから、と隠れるように活動したり、向き合うことに逃げて離れても結局は向き合わざると得ないときがくるのだということも、最近、本当に実感している。

これも一見は苦しい課題のように感じる。けれど、近しい人や家族から応援されていない人が、社会やお客様から応援されるか?と考える機会になり、広く活躍したいのなら、突破しないとその先にはいけないようになっているのかもしれないと思う。

 

 

ただ、自分のやりたいことを周囲が理解してくれない、反対されるから、その関係は捨てる!自分は一般の人とは違うから、妬みで批判されている!

と、自分の未熟な部分を他人の無理解のせいにして正当化している人もいる。過去のわたしも含めて。

否定されて傷くのが怖くて説得できない弱さを、相手の未熟さと無理解のせいにしてはいけない。吠えながら逃げている子犬と一緒だ。

 

 

やめさせようとしてくる人は、どうしてそうしてくるのか?どんなことが心配でそういってくるのか?何を提示して安心させてあげたらいいのか?そして1回で心配が拭えないのなら、何度でも説明するという熱意を、真摯な姿勢で表すことが大切なのだと、今回のラスボスの説得で思った。

 

 

会社員の年金では、老後はまかなえないという説がいまや定説になりつつあるらしい。それはイカン!ということで会社員でも、週末起業しよう、副業しよう、主婦でも起業しよう、という人が増えているらしい。そういうとき、もしドリームキラーが現れても、ぜひとも自分を信じて突破してほしい。

 

 

とはいえ、ドリームキラーも自分の意識が創りだした幻想だったりする。上手くいきたいと思っているのに、本当は上手くいったら困る!と思っているのかもしれない。

何もかも自分に原因がある。本当に自分はやりたいのか?この道を進みたいのか?

これからもたくさん、こうして壁が立ちはだかると思う。(ラスボスは最大の危機だった!)

 

上に行こう!もっともっと影響力をつけて活躍したい!と思ったら、それ相応の逆風が吹く。勇気を持って向き合って突破した人にしか見れない景色があるのだと思う。

昇っているときほど逆風は起こる。むしろ、逆風がないということは昇っていもいないという状態なのだ。しんどいと感じることもあるけれど、歓迎できる部分もあるのだ。

 

 

とはいえ、自分の世の中をこうしたい!みたいな暑苦しい思いはあるものの、どういう方法で?どういう仕事で?など、いまだこれだ!というのが見つからず模索している自分。(そんな状態では心配されるに決まっているのに、ムダに反抗的だから自分でもビックリする)

 

 

普通の仕事がちゃんとできない、社会に不適合だと感じている人は、ダメな人ではない。引きこもり、うつ、精神的な病気、自殺願望とか、犯罪者のような社会からあまり良い評価を受けないような人は、能力の宝庫である。

創造性、独創性、何かを成し遂げるエネルギー、爆発的な行動力が人一倍あるからこそ、それを抑えたらこころが死んでしまうほどのパワーがある。

自分を表現できずに抑えていても普通の生活が送れる状態が保てるのであれば、たったそれだけのエネルギーなのである。

抑えたらこころが死んでしまうほどの爆発力がある人は本当は天才なんじゃないかな、そう思う。多様性を歓迎しない日本社会で苦しむ人は多い。1人でも解放されて羽ばたける社会を作る手伝いがしたいと思う。

 

 

絵空事のように思えるかもしれないが、絵空事は実現するのである。思い描いていれば現実化するのだから。

 

みんなができることができなくても、すぐに忘れちゃう脳みそでも、とりあえずちゃんと前に進んでいる自分を認めてあげようと思える今日このごろなのだった!!